2005年09月04日

壇ノ浦

今年はほとんど見ていなかったのだが、NHKの大河ドラマ『義経』、
テレビをつけると今日は壇ノ浦の合戦の回だったので観た。
私の出身地下関が歴史に大きく関わっていたことは、なんとなく小さいときから知っていたものの。

高校は壇ノ浦から近いところにあったし、住んでいたのは長府という城下町だというのに、
どうして歴史に興味を持たなかったかね。
結局壇ノ浦の合戦で平家が滅亡した、という教科書くらいのことしか知らない。


みもすそ川が壇ノ浦に流れ出るあたり

みもすそって子供ながら変わった名前だなあと思っていた。
母親に聞いていた話によると、入水した安徳天皇が身に付けていた布が流れ着いたので
みもすそ(御裳)という地名になった、とまことしやかに教えられていたことを覚えているが、
調べてみると違うみたい。

安徳天皇と一緒に入水した二位尼の辞世の歌、

今ぞ知る
みもすそ川の
御ながれ
波の下にも
みやこありとは

からみもすそ川という地名が生じたということらしいが・・・。
じゃあ歌にあるみもすそ川って何?
もしかして関門海峡そのものを川とたとえたのか知らん。
下関条約の時には池に思わせようとしたり、とにかく向こう岸の九州門司までは確かに近い。
海の下を歩いて渡れるトンネルがあるくらいだからね。

というオチのないエントリーでした。

お?雷がゴロゴロ鳴って、激しい雨が降り出したぞ。

Posted by shed at 2005年09月04日 21:14
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